調布市武者小路実篤記念館

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コラム泉

「コラム泉」は、実篤の思い出、実篤記念館の活動についてなど、
ゆかりの方々にご寄稿いただいたもので、
過去に館報『美愛眞』に掲載されたものを、再編集し掲載しております。

*日程や名称、執筆者の肩書きは、発行時のものです。

館報『美愛眞』12号 より2007年3月31日発行

一つの夢想
生井 知子(同志社女子大学 学芸学部 助教授)

昨年九月、実篤記念館のリレー講座の講師を初めて務めさせていただいた。その時の感想を一言で述べると、なんとも心地よかったのだ。

私が述べる言葉を、受講している皆さんがしっくりと受け止めて下さり、その反応を今度は私が受け止める。受け止めたものを自分の中にそっと収めてから、次の言葉を話す。話は盛り上がっているのだが、上滑りするのではなく、落ち着いた感じがする。一方的にまくしたてるのではなく、お互いに受け止め合う感じ――久しく味わったことのない素敵な感覚だった。

実はこの日、私は実篤記念館で実現してみたい一つの構想を胸に抱いていた。その思いは、今述べた感覚でますます強まった。

それは、実篤の戯曲を参加者が実際に表現してみながら感じていくというワークショップの企画である。

こう言うと、実篤の戯曲を上演するんですか?と受け取られてしまいがちだが、そうではない。第三者に見せるための演劇を仕上げるのが目的ではなく、そのずーっと前の段階を丁寧に実践してみるワークショップ――自分たちの身体を使ってシーンを表現してみることによって、戯曲の読みを深めていくというワークショップである。参加者全員が、演出家であり、俳優であり、観客でもあるようなものなのだ。

戯曲は小説のように自己完結していない。ただ読んだだけでは、なかなか豊かなイメージが立ち上がらない。立体化してみて初めて見えてくるものだ。

どんな声で、どんな身体の表情で表現していくのか。登場人物の立ち位置一つで、イメージががらりと変わってしまう。自分の読みが浅かったことも、また自分が戯曲にプラスできるものがあることも、実際に身体を動かしてみることによって見えてくるだろう。

普通の講座は、正解を知っている講師が、それを受講者に教える。だが、このワークショップでは、戯曲をどう表現したらいいのか、その正解を知っている者はいない。あれこれ自分たちで試してみたり、他の人たちの表現を見たりしながら、正解を超えた豊かな世界を作り上げていくのだ。

このワークショップ、もし実篤が生きていたら、喜んで真っ先に参加しそうな気がするのだが、いかがだろうか。