調布市武者小路実篤記念館

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コラム泉

「コラム泉」は、実篤の思い出、実篤記念館の活動についてなど、
ゆかりの方々にご寄稿いただいたもので、
過去に館報『美愛眞』に掲載されたものを、再編集し掲載しております。

*日程や名称、執筆者の肩書きは、発行時のものです。

館報『美愛眞』35号 より2018年9月30日発行

新しき書
小池邦夫
(平成30年度春の特別展「誰でも画はかける」〜小池邦夫がえらぶ武者小路実篤の書画〜監修)

若い頃の私は自信がなかった。何かを叫びたい、何かを書きたいのにやれぬ日々が続いた。そんな時、武者小路さんの本を読んだ。読んでいる内に引き込まれた。自分にも何かやれそうな気になった。今はダメでも、書くことを続けたら何かが出てくると信じるようになった。これが17歳の時の出会いである。

拙(つたな)いままでも魅力が出ると教えてくれた。簡単にやれることは、手紙である。ここをステージにして、私は画や字をかいてきた。

出会いからいつの間にか60年。思いがけず、実篤記念館から展示の監修を頼まれた。やれるかなと不安があった。数ある作品から書画を選び、画のある手紙や装幀した本も出品した。武者さんの手紙に描かれた画は稀である。学芸員は探し出してくれた。手紙の画も作品の画も、品位が香り美しい。また、武者さんが装幀した数多くの文庫本は、詩、書、画(が)が表紙絵になっている。

武者さんの書は新しい。楷書しか書けぬかも知れぬが、誰でも読める書を創り出した。これは我流ではない。かつて、武者さんは中国の磨崖刻石(まがいこくせき)の鄭道昭(ていどうしょう)の原拓十冊を買い感激している。ピッタリくるのはこれだけだと書いている。雄大無比の書が武者さんと響き合い、「武者の楷書」を創り出した。「どかんと座れば動かない」のダルマの画を89歳でかいていた。鄭道昭の書を学んでからの書は不動のものとなった。実は私もやってみた。書くと大らかになれる。

展示を見た人の手紙に「あーそうだったのか。今までわかったつもりでいたが、何と浅いことか。本物を見ると、墨色や線が違う。釘付けになった」とあった。

武者さんは中国の古い硯と墨を使い、透明な淡墨(うすずみ)が香る。よーく見つめていると、その色に吸い込まれる。書がかければ絵はかけると武者さんから教えられたことが、絵手紙の夜明けとなった。文章でも画でも天窓を開いたのが武者小路さんのもつ独特のセンサーの力である。