調布市武者小路実篤記念館

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所蔵資料から

「所蔵資料から」は、実篤記念館で所蔵する作品や資料の解説、
実篤にまつわるエピソードなどをご紹介する記事で、
過去に館報『美愛眞』に掲載されたものを、再編集し掲載しております。

*日程や名称、執筆者の肩書きは、発行時のものです。

館報『美愛眞』10号 より2006年3月31日発行

池大雅「曲江行楽図巻」
二六・〇×一二四・〇cm
紙本墨画淡彩・巻子

低くなだらかな丘陵や人家の間を流れる川に沿いながら、さまざまな人物を描き、のどかで明るい雰囲気を持つ作品です。

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十八世紀後半に京都で活躍した画家・池大雅の作品で、広く知られる画風とは異り、鋭く細い線で描かれ、中国の版本をお手本にしたとも考えられています。丘陵や岩を群青などで彩色して陰影をつけ、構図は前半では俯瞰に近いものの、後半になると視点の移動も見られ、また、簡略的な描き方をしています。

この作品では、点景的ではあるものの従者を連れた馬上の人、釣人、門脇にいる人が描かれています。これらの人物描写は、単純な線ながら、のびやかで動きがあり、この人物たちの存在が画巻を開いてゆく中で巧みな場面展開の流れと、奥行感をうまく表現しており、見逃すことができません。

この作品の制作は、冒頭の「前身相馬方九皐」、落款とともにある「霞樵」の印章が鮮明であることから、大雅の三十歳代はじめの作品と考えられています。

同様の鋭く細い線で描かれた作品は他に一点が知られている程度のため、数少ない大雅の初期作品としては貴重な一点です。

武者小路実篤は池大雅について、「大雅堂について(二)」(『美術論集』収録)で「僕は大雅堂を愛するのは、あの大きく遊んでゐる態度である。悠然とした点である。中々大雅もするどい処はある、強い処もある。しかしそれだけで自分の癇をおさへて、性急でなく、世の中を大きく楽しんで見てゐる所がある。」と書き、大雅の悠然とした人物像と、彼の描く線が大胆でのびのびとしながらも、実に的確に対象物をとらえて描いている点に感心しています。

この作品は、一九七〇年頃に実篤が京都を訪れた時に古美術商から購入したもので、「大雅の代表作品と画風が異り真作であるか自信はなかったが、この作品が面白いと思い、価格が安かったので購入した。」と入手経緯を語ったそうです。

実篤はこの他に大雅作品を三点持っていましたが、真作をそう簡単には入手できるものでもなく、いずれも偽物でした。古美術商が「お気に入ったら置いていきますが、先生の画一枚と交換していただければ良い」と言って置いていった作品もありました。実篤もさすがに、自分の作品との交換では、大雅の真作ではないと思ったそうです。

その後、南画研究の吉沢忠氏にこの作品を見せる機会があり、「これは珍しいものですから大事にして下さい」と言われ、実篤は真作であった嬉しさと同時に、大事に保管する自信がないので、困ってしまいました。

この「真贋」と「大事にする」という、二つのエピソードは、実篤の愛蔵品に対する日々の様子を象徴しています。それは、実篤が愛蔵品の真贋をあまり気にせず、自分が気に入った作品を身近に置き楽しむという姿勢を貫いたことがひとつ。また、眼の前にある作品は大変楽しみ大切にするものの、一旦、掛け替えると次の作品に興味が移り、掛けていた軸は元の箱へ戻さず、次の作品や空いている箱へ軸をしまうケースも多く、どの箱に入れたか判らない事がしばしばあったそうです。だから、大事に保管することに自信がなかったという訳です。

そして、実篤はこの作品を三女・辰子さんの夫で、美術史研究の武者小路穣氏にあずけることにし、必要な時に連絡して仙川の家へ届けてもらうことにしました。

当館へは、平成六年春、増築した資料館がオープンした記念として、穣氏により実篤から託されたこの作品をご寄贈いただきました。

*この文章を書くにあたり、武者小路穣氏によるご教示をいただきました。

(福島さとみ 当事業団首席学芸員)