調布市武者小路実篤記念館

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所蔵資料から

「所蔵資料から」は、実篤記念館で所蔵する作品や資料の解説、
実篤にまつわるエピソードなどをご紹介する記事で、
過去に館報『美愛眞』に掲載されたものを、再編集し掲載しております。

*日程や名称、執筆者の肩書きは、発行時のものです。

館報『美愛眞』16号 より2009年3月31日発行

聚英閣版
「劉生図案画集」
大正10年6月5日発行
図案:岸田劉生
木版彫刻:伊上凡骨

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これは、岸田劉生が大正7年から10年までに『白樺』の表紙や武者小路実篤、長与善郎、千家元麿らの著書の装幀を手がけ、その図案を伊上凡骨が木版刷りした画集です。

『白樺』大正9年12月号では、岸田がこの予告となる記事で「僕がこれ迄、友達その他の人の著書及今度の自分の本の装幀、(表紙裏畫、扉畫、見返し)など、都合よく集められるものを集めて、マッペの様にしてタトウか何かに入れて今度牛込の聚英閣から出すことに大ていきまつた。」と書き、その内容を端的に紹介しています。

また、発売前後の『白樺』大正10年5月号と8月号に広告も掲載され、その内容には、興味深い情報があります。5月号では、「全部木版手刷に就き版木の摩滅に依り自然印刷界部数に制限あり」とし、第一回刷りから十回までを「甲種」とし、定価八円。第十回以後のものを「乙種」定価七円とあります。

用紙は「支那本唐紙」の台紙付、その枚数は5月号では「全三十餘葉美麗帙入」とあり、8月号では、「全三十二葉美麗帙入」(定価七円)と記載されています。

実際には、版画を1枚ずつやや濃いグレーの厚紙に、上部のみを貼り付けており、小さい扉絵は1枚の台紙に2点貼られています。

当館では2組の「劉生図案画集」を所蔵しており、版画点数が33点の帙付(定価七円)と32点のものがあります。このほか、河野通勢旧蔵品や他の美術館が所蔵しているものを比べてみても、その枚数や作品の組み合わせがそれぞれ異なっています。

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本にする時は染め物で制作した武者小路実篤『友情』初版本(大正9年4月・以文社)表紙図案の有無が、組み合わせの大きな違いとなっていますが、1枚だけでも楽しめる版画であるため、収蔵するまでの間に画集から取り出された可能性も考えられ、発行時の収録点数と内容は確定できません。

また、どのくらいの部数が制作されたのかも正確には判りませんが、各組を見比べると、先の広告のとおり版によってエッジの鮮明さが違い、刷った時期による違いが確認できます。

この画集では、当初の北欧ルネッサンス絵画に影響を受けた幾何学的な表現から、内なる美、東洋の美を求めて「童話劇三篇」の表紙に見られる童子などを描くようになる、岸田の作品傾向の変化もよく表されています。

岸田が図案について、どのように考えていたかは、この画集の序文で知ることができます。「本当の図案は物と物との関係や、線と線との融合、色と色との関係等が不思議に生きて、有機的に生き合つてゐる。何も描いていない余白でも、充実した美があつて、只の白紙ではない。さういふ風に充実した或る装飾的効果、内から生きた美くしさが本当の装飾美術にはある可きだ。」と書き、また、同文には、岸田にとり図案(装幀)が、余技ではなく油彩画や水彩画と同じように力を注いでいる作品であるとも述べています。

このように、岸田にとり装幀は、内なる美を追求する上で大切な仕事でしたが、その個性的な作品は、文学作品の内容と響きあうことを求められる装幀とは異るもので、ある意味でこれが彼の装幀の特徴ともなっています。

(当事業団首席学芸員・福島さとみ)