調布市武者小路実篤記念館

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所蔵資料から

「所蔵資料から」は、実篤記念館で所蔵する作品や資料の解説、
実篤にまつわるエピソードなどをご紹介する記事で、
過去に館報『美愛眞』に掲載されたものを、再編集し掲載しております。

*日程や名称、執筆者の肩書きは、発行時のものです。

館報『美愛眞』20号 より2011年3月31日発行

武者小路実篤「幸福な家族」挿絵
画・中川一政
1940(昭和15)年/墨・彩色・紙
28・5×19・5㎝、26・5×17・0㎝

「幸福な家族」は、『婦人公論』1940(昭和15)年1月〜10月号に、10回連載された小説で、同年10月20日には、中央公論社より初版本を刊行している。

この作品は、元ドイツ語教師で、今は毎日画ばかりを描いている佐田正之助を主人公に、息子・正蔵と娘・綾子の恋の行方を、父親の視点からほほえましくも、ユーモアのある会話で描いている。

中川は第1回に表題と挿絵2点の計3点を、以後は表題と挿絵を各1点ずつ描き、いずれも、各1頁を使っている。また、初版本の装幀も担当し、画ばかり描いている主人公を象徴したパレットを鮮やかな色使いで裏表紙に描いた。

当館では、「幸福な家族」挿絵原画のうち、連載第2回と第3回の挿絵、第6回の表題と挿絵、第8回の表題と計5点を所蔵している。

このうち、第6回の挿絵は武者小路実篤の愛蔵品として、その死後、一旦は東京都近代文学博物館へ寄贈されたが、平成14年3月に閉館のため、当館へ収蔵された。それ以外の4点は、中川一政氏より、彼が若き日に主宰していた同人誌『貧しき者』に発表された原稿「舊い日記の内より(小説には非ず)」(大正5年3月)ほか計5点とともに、昭和62年に当館へご寄贈いただいた。

当館所蔵の表題は、作品が婦人向け雑誌に掲載されこともあり、家の中の何気ない光景の台所や庭を描き、中川独特の題字が暖かみを伝えている。

毎回、挿絵では、登場人物たちが描かれているが、一人ないし二人のあまり描き込まない端的な表現となっている。第6回の挿絵では何色かの彩色を使っているが、その他は、墨とやや濃いセピア色を使い、単色印刷ではその濃淡で存在感が生まれ、印刷効果も考えられた作品である。

中川は尾崎士郎「人生劇場」、大佛次郎「天皇の世紀」の挿絵など、多くの挿絵や装幀の制作で知られている。武者小路作品では連載小説の挿絵は「幸福な家族」のみだが、装幀は大正14年から、小学館「武者小路実篤全集」の装幀まで計15点を手がけている。その挿絵や装幀に対する制作姿勢は、文学作品を理解し、柔軟な発想から本質をとらえ作品、作品との微妙なバランスをとりながら描いている。

そんな中川がこの挿絵を描いた時のことについて、「武者さんの小説の挿画をかいて気がついたが、人物が洋服をきているのか和服をきているのかわからない。

挿画画家にとっては大切な事だが武者さんはそんな事に頓着しない。どんどん内容にはいってしまう。

武者さんは脚本が得意だとかいたことがあったと思うが、或いはそういう端的な形式であるからであろうか。

服装や環境のことは挿画画家や舞台装置に一切まかせているのである。」(「画家としての武者小路実篤」)と書いている。どうやら、武者小路の端的で直裁的な作品は、挿絵制作者泣かせの一面があるものの、腕をふるえる舞台でもあるようだ。

(福島さとみ・当事業団首席学芸員)